2016年4月9日土曜日

[1351] 自立支援法について考える④ 2009年2月24日 14時50分



[1351] 自立支援法について考える④  2009224 1450

国士無双 さん

国士無双です。 
先程の記事の続きです。   
 健常者ベースの「競争社会」のなかで「自立」はあたりまえとして、効率重視の工場 にほうりこまれる障害者。現実にそこで発生するイジメや疎外感。一般企業の効率に 耐えうる障害者だけを支援する法律。やはり根本の部分で間違ってはいないだろう か?   たしかに健常者ベースの社会のなかで障害者は非効率かもしれない。しかしその非 効率のどこが悪いのであろうか? その非効率がカウンターカルチャー的に「たかだ か健常というだけの人間」に価値を投げかけていないのだろうか? ……あれ、なん か表現がおかしいな。もう少し言葉を替えて言おう。障害者の存在そのものが、健常 者中心の社会に、いや人間の社会そのものに何か大切な、根源的な、問題提起をし てないだろうか?  間違いなく問題を投げかけているだろう。社会はそのことに意味や価値を見いだし、 その意味や価値を評価することができないのか? 国家はその意味や価値に対価を 支払うべきではないのだろうか。  「作業所」を障害者の地域生活を支える場としての存在と捉えるのではなく、地域社 会が障害者に教えを乞う場としてとらえ、社会に開放された「だれもの解放を支援」す る場にできないのだろうか? そうしたフィールドとして社会に価値を提供する。その価 値に対して国家が給金を支払う。障害者は国家公務員として雇用される。作業所で働 く職員の給金の保障もしなければならない。 
 何度も書くが、ワタシは過去ホームレスとかかわってきた。大切な事のほとんどはそ こで教えられたと思っている。ホームレスと同様に障害者も「社会的弱者」と呼ばれ る。「社会的弱者」と呼ばれるときの「社会」とは、それが余儀なき場合でも「経済的自 立」ができない者を「弱者」と呼んでしまう社会であり、逆にその「弱者」と呼ばれる視 点から見ればいかに情けない「社会」かということが見えるのだ。「社会」ばかりではな い。障害者からは、もっと根源的な、人とは、命とは、生きるとは……といったことまで も教えられる、と思う。ああそうだ。これこそ、ワタシが障害者が気になっている理由か もしれない。 
次に続きます。

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