2016年3月2日水曜日

[412] 自立支援法に関する意見 2008年3月13日 21時24分



[412] 自立支援法に関する意見  2008313 2124

国士無双 さん

今晩は、国士無双です。 
椿三十郎さん、ご自分の主張誠にご立派だと思います。これからも是非、巨悪と闘って下さい。 
三八さん、お久しぶりぶりです。 三八さんが以前おっしゃっていたように、国士無双又、昇給しました。 お元気なようで何よりです。 
さて、自立支援法に関する面白い記事見つけましたので投稿します。 

多田富雄の落葉隻語 現代の「姨捨」を憂える 
 わが心 慰めかねつ 更科や  姨捨山に 照る月を見て 
 ひとり山に捨てられた老女が、皓々(こうこう)と照る月光の下で悲しみの舞を舞う能 の名曲「姨捨(おばすて)」。同じく深沢七郎の小説「楢山節考」では、捨てられたおり んばあさんの悲劇が涙を誘った。「姨捨」には、中世農民の貧困という背景があった。 そんな世には二度としたくないと誰もが思う。しかし今、国の政策としての「姨捨」が平 然と行われている。 
 明治以来昭和に至る日本は、富国強兵によって国の近代化に成功したが、民意を 無視して侵略戦争に突入し、敗戦の苦難を国民に強いた。これを作家小田実は「棄 民」と呼んだ。 
 戦後の昭和は、捨てられた国民が決起して、民主、平和、平等など、人権を回復した 歴史、つまり棄民が復権した時代であった。憲法にも国民の「生存権」が明記された。 
 それがまたまた危うい事態になっている。国民はまた捨てられようとしている。 
 「棄民」は、誰もが気付くように始められるものではない。気付かぬうちに、弱いもの から捨てられてゆく。気付いたときはもう遅い。だからどんな微(かす)かな棄民の動き でも敏感に察知して食い止めなければならない。その初期の徴候と思われる事が最  
近頻発している。 
   リハビリの日数制限はその好例である。リハビリなんてと見過ごしてはならない。こ んなところから、棄民が始まっているのだ。 
 私は脳梗塞(こうそく)の後遺症で、右半身の完全な麻痺(まひ)と言語障害となり、 車椅子(いす)生活を余儀なくされている。私のような重い障害を負った患者は、残っ ている機能を維持するため、リハビリを欠かすことはできない。中止すれば、寝たきり になる。リハビリがそれを防ぐのだ。 
次に続く。 

0 件のコメント:

コメントを投稿